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大阪地方裁判所 昭和39年(ワ)1994号 判決

原告 長谷新市郎

被告 大阪鰹節類商工業協同組合

主文

被告は原告に対し昭和三九年四月二三日以降毎月末日限り一箇月金六七九六円の割合による金員の支払をせよ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを四分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

原告が金三万円の担保を供するときは、第一項に限り、本判決の確定前に執行できる。

事実

一  当事者の求める裁判

(一)  原告

被告は原告に対し昭和三九年四月一日以降毎月末日限り一箇月金一万七八〇〇円の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行の宣言。

(二)  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二  請求の原因

(一)  原告は被告に対し昭和二五年五月一日原告所有の大阪市西区本田三番町四一番地宅地二一六・三六平方メートル(六五坪四五)を普通建物所有の目的で賃料は月額金三九〇円とし、毎月末日に当月分を支払う約定のもとに賃貸した。

(二)  右土地はその後換地処分により面積は一六五・二八平方メートル(五〇坪〇〇)に減歩され、また約定賃料は合意の上昭和三四年一月分以降月額金三五〇〇円に増額された。

(三)  しかし、その後更に一般物価および右土地の周辺の地価が著るしく騰貴し、本件土地の賃料月額は金一万七八〇〇円を相当とするに至つたので、原告は被告に対し昭和三九年四月二二日到達した書面により、同年同月一日以降の本件土地の賃料月額を右金額に増額する旨の意思表示をした。

(四)  ところが被告は右の増額請求に応じないので、被告に対し本件土地の賃料として昭和三九年四月一日以降毎月末日限り一箇月金一万七八〇〇円の割合の金員の支払を求める。

三  被告の答弁

請求原因(一)(二)の各事実および同(三)の事実中原告が被告に対し原告主張のとおりの賃料増額請求をした事実は認めるが、その余の事実は争う。

四  証拠〈省略〉

理由

請求原因(一)(二)の各事実および原告が被告に対し昭和三九年四月二二日到達した書面をもつて原告主張の土地の賃料月額を同年同月一日以降金一万七八〇〇円に増額する旨の意思表示をした事実は、いずれも当事者間に争いがない。しかし、借地法上の賃料増額請求は既往に遡つて効力を生ずべきものでないから、右の増額請求は同年四月二三日(以下本件基準時と称する)以後の賃料につき効力を生ずべきものである。そこで、右基準時現在における右増額請求の当否につき判断する。

成立に争いのない甲第一〇号証ならびに原告および被告代表者各本人尋問の結果の各一部によれば、原告はもと換地前の本件土地上に木造平家建工場一棟を建築所有していたが、右建物を売却するに際し、再び本件土地に立戻ることを夢みて、右土地はこれを売却せず、賃貸期間を一〇年と定め(ただし、借地法第二条、第一一条により、その法的な効力はない)て賃貸し、賃貸の目的も右建物の所有のみに限定し、その際敷金も権利金も徴しなかつたものであることを認めることができる。

借地の適正賃料を定める方法としては、諸種の方法が可能であり、本件においても数種の方法を前提とする資料が、証拠として提出されている。しかし、これらの証拠は、いずれも十分な基礎資料を伴つていないので、その結論を採用する合理的根拠を欠く。そこで本件においては、賃貸借契約の成立時において、本件土地がすでに換地処分済みであり、かつ更地としての売買価格および固定資産税の課税標準価格が本件基準時における同一であつたものと仮定し、前記認定の諸条件のもとにおける右契約時の客観的適正賃料額を求め、これをもつて本件基準時における適正賃料額とみなすという方法を採用することとする。

成立に争いのない甲第三号証によれば、本件基準時における本件土地の更地としての価格は、三・三〇平方メートル当り(以下単価と略称する)金九万円であつたことを認めることができる。鑑定の結果中右の認定に反する部分は、右甲号証および成立に争いのない甲第四、五号証に比して採用し難い。

ところで、普通建物の所有を目的とする土地の賃借人は、特別の事情が生じない限り、借地法第二条により三〇年間借地を使用しうるのであり、これを地主の側からみれば、賃貸借成立時における賃貸土地の更地価格は、三〇年後に返地を受けたときの処分価格として期待されるものにすぎない。したがつて賃貸借の成立時における賃貸土地の資本的価値は、三〇年間の中間利息を控除して得た金額であるということができ、この場合の利率は民法所定率によるべく、また中間利息を控除する方法は、将来の金銭債権を時価に換算する場合に用いられるホフマン式によるべきでなく、単利法を用いるのが相当である。

したがつて、本件土地の賃貸当時の更地価格の単価が金九万円であるときは、年五分の割合の三〇年間の中間利息を控除した金三万六〇〇〇円が、賃貸時における本件土地の資本的価値の単価であるということができる。

右の金額は、本件基準時における本件土地の使用効率が一〇〇パーセントであるときは、そのまま利潤算定の基準となるべきものである。しかし、前記甲第三号証と証人島内優行の証言および被告代表者本人尋問の結果を総合すると、本件土地は大阪市西区の小工場地帯の一角に在り、被告は本件土地上の前記建物を現に倉庫として使用していること、被告が本件土地の倉庫敷地としての効用を最大限に発揮させるためには、鉄骨三階建の倉庫を築造する必要があること、および現状における本件土地の使用効率は、最大限に活用される場合に比してその六割にとどまること、を認めることができ、かかる低効率は、被告代表者本人尋問の結果によれば、前記認定の原告による使用目的の制限の結果を生じたものであることを認めうる。他面大阪市内における土地の賃貸借にあつては、貸主は権利金ないし敷金を徴するのが一般であるところ、前記認定のとおり、原告は本件契約において敷金すら徴していないのであるから、本件賃貸借は他の一般の賃貸借に比して、貸主にとり損害発生の危険度が高いものであるということができる。以上の諸事実を併せ考えるときは、本件土地の賃料を定める基準となすべき単価は、前記資本的価値の七割をもつて相当とする。

前記甲第三、五号証によれば、右の基準単価に対する利潤率は一〇〇分の六を相当とする。前記甲第四号証中利潤率を一〇〇分の四・二とすべき旨の記載は採用しない。また鑑定書附属の証明書によれば、本件土地の昭和三九年度における課税標準額は金三七万二〇〇〇円であることを認めることができ、同年度における固定資産税および都市計画税の各税率がそれぞれ一〇〇〇分の一四および一〇〇〇分の二であることは、当裁判所に顕著である。

したがつて、本件基準時における本件土地の適正賃料の単価の月額は、金三万六〇〇〇円の七割の一〇〇分の六に、金三七万二〇〇〇円の五〇分の一の一〇〇〇分の一六を加えた金一六三一円〇四銭の一二分の一、すなわち金一三五円九二銭と算出されるから、本件土地の賃料月額は金六七九六円をもつて相当するものであることが明らかである。

前記甲第三、四、五号証中右の判断と異なる部分は、いずれも使用する係数を合理的に説明していないので、採用し難い。また証人島内優行の証言により成立を認めうる乙第一号証の一、二によれば、本件土地の近辺においては、昭和四〇年中における約定地代月額の単価が金一二〇円の土地が多いことを認めうるが、これらの土地の賃貸借契約の具体的な内容を認めるべき証拠がないから、右の資料を直に本件土地にあてはめることはできない。なお、弁論の全趣旨により成立を認めうる甲第一号証は、本件土地の適正賃料額に関する結論的意見を示すが、その理由を何ら明らかにしないから、これを採用することはできない。他に上記の判断を左右すべき証拠はない。

したがつて、本件土地賃貸借契約の賃料月額は本件基準時以後金六七九六円に増額されたものというべきであるから、本訴請求中被告に対し右基準時以降毎月末日限り本件土地の賃料として月額金六七九六円宛の支払を求める部分は正当であるが、その余の部分は失当である。

よつて、原告の請求中右の正当な部分を認容し、その余の部分は、これを棄却し、訴訟費用は敗訴当事者に負担させるものであるところ、民事訴訟法第九二条に従い、これを四分してその三を原告の、その余を被告の、各負担と定め、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大和勇美)

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